企業には、@やれること(CAN)Aやってみたいこと(MAY)Bやらなければならないこと(MUST)C出来ないこと(CANNOT)Dやってはならないこと(MUST
NOT)があります。ここでCSRの対象になるのは、(1)やろうと思えばできるがやってはならないことをやらないこと、(2)必ずしもやりたいことではなくても、やらなければならないことをやること、あるいは出来るようにすることです。例えば、アスベスト(石綿)を建材設備に使うということは、コスト的には安くていいのだが、人命を第一に考えれば使ってはいけないのです。だから、アメリカではマンビル社(アスベストのメーカー)は、すでに1980年代にワーストな会社の1つに上がっています(アメリカで最も権威のある経済誌「フォーチューン」の1985年度の会社評価)。
ところが、日本では、現在でもいろいろな会社が、いろいろな場所でアスベストを使用しています。恐ろしいことです。なぜ、このようなことが起きているのでしょうか? ここに、日本企業の持つ独特の行動特性があります。「やってみたいことで、やれることはやってしまう」ということです。組織のために、会社のために、利益のために役に立つことをやって何が悪いのか? というのがそれです。「お家の大事が1番大事なのです」。カネボウの粉飾決算、JR西日本の事故に懲りない体質、三菱自動車の品質管理問題など、およそ「社会的責任」とは、程遠いことが沢山あります。これらの問題はコンプライアンス(法令遵守)の対象にはなるでしょうが「CSR」の対象にはなりません。
法律を守ることは当たり前のことで、積極的に社会的な責任を果たすこととは関係ありません。「CSR」では、法律の範囲内だが「やってはならないことは、やってはならない」のです。「やらなければならないことはやるのです」。例えば、アメリカのリーバイスというジーンズの会社が天安門事件の後「人権を踏みにじる国」では商品を作らないとして、コスト面での不利益を覚悟の上、生産基地としての中国から撤退した。また、バングラディッシュでは、幼年労働があるので、このような国でコスト安く作ったもので利益を上げることはしないとして撤退したりしたことは、これらの例証です。イギリスのボディショップという会社が、後進国や未開の国へ経済援助ではなく、仕事をしてもらうということを訴え、そのために化粧品の原材料の供給をそれらの国々が持っている天然の資源に求めたのは、社会的な責任の行使です。
現在のODAなどの援助を見れば、一方的な経済援助は、援助された国々を堕落させこそすれ、成長のための援助にはならないからです。仕事をしてもらえばそれに払う対価は、正当な報酬になるからです。 |