○ 第10回 2006年7月
今更「CSR」ではなく、今こそ『CSR』を!

○ 第9回 2006年6月
CSR

○ 第8回 2006年5月
CSRを超えて(第二回)

○ 第7回 2006年4月
CSRを超えて

○ 第6回 2006年3月
「理念」を実現するための方法

○ 第5回 2006年2月
「CSRを実現するための「理念」の作成2」

○ 第4回 2006年1月
「CSRを実現するための「理念」の作成」

○ 第3回 2005年12月
「何が正しいのかの基準は?」

○ 第2回 2005年11月
「会社は誰のものか」

○ 第1回 2005年10月
「CSRとは、何か」

○ 作者プロフィール
 
     第1回  
(有)田口人材開発研究所     田口 立基 著      

  (1) CSRとは、何か

CSR(CORPORATE SOCIAL RESPONSIBILITY)とは、改めて申し上げるまでもなくアメリカから輸入されたマネジメント理論(経営管理論)です。企業が社会的な責任を果たさなければならないという考え方は昔からあります。しかし、なぜ今、これが流行の理論になるのでしょうか? 

アメリカでは、エンロン、ワールドコムのような詐欺的な会社があり、投資家をはじめ社会に多大な害を与えたので、その反省からRESPONSIBILITY(存在そのものの責任、生きていること自体の責任)を果たせる経営をしなければならないという、当たり前のことに還るという一種の会社改革運動です。日本では、エンロンみたいな悪質な会社はありません。アメリカ人というのは、良いことをやるときも大きなことをやりますが、悪いことをやるときも徹底した悪質なことをやります。J.F.ケネディ大統領を昼間、TV中継がされている大パレードの最中に暗殺するなど(これも逮捕された人間が1人で出来るような事件ではありません。FBIやCIAや政府の大物が背景にいて行われたであろうことは、言われている通りだろうと思います。)、善と悪の両極性が優れて幅広いアメリカと、良いことも悪いことも余り大きなことは出来ない日本とでは、CSRの意味するところが違って当然です。

ですから、紀伊国屋、八重洲ブックセンターのような大きな本屋の店頭で見かける「CSR」関連の本には、とんでもないことが書かれております。先日も手にとって見た分厚い本の帯には大きく書かれてありました。「本業に徹してCSRを実現しよう!」と書いてあったのです。「本業に徹する」とはどんな意味かと思い中身を読むと「利益を出して、税金を払う」ことがCSRだと言うのです。

CSRとは、利益を出して、税金を払った上で、社会に対して有益な貢献をしていく、ということです。随って、ACCOUNTABILITY(日本では、説明責任と訳していることが多い)とは違います。経営をする中で、何か事件を起こしたときに社会に対して説明するのは、ACCOUNTABILITYです。どんな生き方をするかについての責任がRESPONSIBILITYです。エンロンとか昔の豊田商事などは、CSR以前です。

 

  (2) CSRのガイドライン

企業には、@やれること(CAN)Aやってみたいこと(MAY)Bやらなければならないこと(MUST)C出来ないこと(CANNOT)Dやってはならないこと(MUST NOT)があります。ここでCSRの対象になるのは、(1)やろうと思えばできるがやってはならないことをやらないこと、(2)必ずしもやりたいことではなくても、やらなければならないことをやること、あるいは出来るようにすることです。例えば、アスベスト(石綿)を建材設備に使うということは、コスト的には安くていいのだが、人命を第一に考えれば使ってはいけないのです。だから、アメリカではマンビル社(アスベストのメーカー)は、すでに1980年代にワーストな会社の1つに上がっています(アメリカで最も権威のある経済誌「フォーチューン」の1985年度の会社評価)。 
 
ところが、日本では、現在でもいろいろな会社が、いろいろな場所でアスベストを使用しています。恐ろしいことです。なぜ、このようなことが起きているのでしょうか? ここに、日本企業の持つ独特の行動特性があります。「やってみたいことで、やれることはやってしまう」ということです。組織のために、会社のために、利益のために役に立つことをやって何が悪いのか? というのがそれです。「お家の大事が1番大事なのです」。カネボウの粉飾決算、JR西日本の事故に懲りない体質、三菱自動車の品質管理問題など、およそ「社会的責任」とは、程遠いことが沢山あります。これらの問題はコンプライアンス(法令遵守)の対象にはなるでしょうが「CSR」の対象にはなりません。

法律を守ることは当たり前のことで、積極的に社会的な責任を果たすこととは関係ありません。「CSR」では、法律の範囲内だが「やってはならないことは、やってはならない」のです。「やらなければならないことはやるのです」。例えば、アメリカのリーバイスというジーンズの会社が天安門事件の後「人権を踏みにじる国」では商品を作らないとして、コスト面での不利益を覚悟の上、生産基地としての中国から撤退した。また、バングラディッシュでは、幼年労働があるので、このような国でコスト安く作ったもので利益を上げることはしないとして撤退したりしたことは、これらの例証です。イギリスのボディショップという会社が、後進国や未開の国へ経済援助ではなく、仕事をしてもらうということを訴え、そのために化粧品の原材料の供給をそれらの国々が持っている天然の資源に求めたのは、社会的な責任の行使です。

現在のODAなどの援助を見れば、一方的な経済援助は、援助された国々を堕落させこそすれ、成長のための援助にはならないからです。仕事をしてもらえばそれに払う対価は、正当な報酬になるからです。

 

  (3) 日本の企業のCSR

日本の企業は、ACCOUNTABILITY〈説明責任〉も不十分だと言われます。最近ではJR西日本の事故後の記者会見での虚偽報告をみればよくわかります。実は、社会に対して責任を感じるという意識が日本人には極めて薄いと私は感じています。日本の企業の経営にも、このような行動特性が如実に現れています。赤字を出そうが退職金はたっぷりもらってやめていく。

最近の大手電機メーカーを見ればよくわかります。多大な被害を投資家、従業員や関係者に与えたにもかかわらず当事者からの説明は一切なく、一万人の首切りをまた行うのです。私の女房は、昔からこの電機メーカーの株主なので怒り心頭に達しています。この事件は、説明責任を果たしていないからといってコンプライアンスの問題になるわけではありません。しかし、CSRの観点からは、大問題です。

今回、本連載「日本企業の盲点・CSR」では、正に盲点を突きながら、社会に貢献できる企業経営の実現の一助になるような願いを込めて参ります。

 
 
 
 


 
 
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