近頃世間を騒がせている「耐震強度偽装問題」。対象となっているマンションの住民やホテルの施主さん等、被害を受けている関係者の方々は、本当にお気の毒です。一刻も早い解決が図られることを望みますが、筆者は、別の視点で憤りを感じています。
ひとつは、「官から民へ」の流れを、この一件を持って堰き止めようとする動きがあることです。だから規制緩和は駄目なのだとここぞとばかりに強調している評論家もいます。本当に「民」だから駄目なのでしょうか。小泉首相ではないですが「民」に出来ることは「民」に任せる。そして「民」はリスクをとって、仕事の仕方を革新しながら、利益を出し、税金を納め、国に貢献する。むしろ今回の問題点は、個々の企業や人間の職業倫理やリスク感性の欠如とそれを許してしまった制度上の欠陥という側面があるのではないでしょうか。
もうひとつは、国全体としての「防災に対する取り組み」が、一旦、後ろ向きな対応に人や時間や予算等のリソースを取られてしまうことによって、推進速度が遅くなるのではないかと言う懸念です。地震大国日本では、他国に比較しても、建築やその取引にまつわる関連法規は、よく整備されていました。一部の不心得業者はあったかも知れませんが、基本的には信頼と信用がベースとなり商取引も行われてきました。
ところが、この事件の勃発により、業界はもとより関係省庁、団体まで問題が波及しており、信頼と信用が大きく損なわれています。
まず、関連法規に言及すると、1981年(昭和56年)6月から施行された新耐震基準の目的は、中程度(震度5程度)の地震の際には建物が壊れないようにすること、強い地震(震度6程度)の際には建物の倒壊を防ぎ、中にいる人の安全を確保できるようにすることでした。この基準を満たしていれば、阪神大震災級の地震でも、建物そのものは倒壊することはないといわれていました。建物が倒壊しないことが最大の地震対策ということです。
この新耐震基準は1978年宮城県沖地震での住居やブロック塀の損壊を教訓に改正された建築基準法の骨子となっているものです。ちなみに、筆者はこのとき高校3年生で仙台の高校に通っていました。この日の事は、今でも鮮明に思い出すのですが、紙面の関係上、別の機会に書かせてもらいます。
さて、この新耐震基準ですが、これがあるおかげで、日本では、1981年以降に建てられたビルは、無条件に震度6程度には耐えられると妄信されていた方も多いと思います。筆者もその一人です。ところが今回の事件で、この大前提が崩れてしまった訳です。
東南アジアのある国の首都に駐在していた経験があるのですが、その都市では、過去数十年大きな地震が発生していなかったからか、日本のような耐震基準はありませんでした。当時のオフィスは地上14階建ての13階にあり、築5年程度で、外観や内装はまずまず立派でしたが、階段の壁が所々剥げ落ちていたり、ひびが入っていたり、電気、水周りやエレベーター等の設備とメンテナンス状態は酷いものでした。ビルに自家発電装置も備えてあったのですが、あまりメンテナンスや訓練もされていなかったようで、頻繁に起こった停電時ほとんど役に立ちませんでした。従って、自社でUPS(無停電電源装置)を購入し、リスクに備えていました。
そんななか、突然、震度3ぐらいの地震に見舞われました。従業員はみんな大騒ぎで、一刻を争うようにオフィスから逃げ出しました。「どうして逃げるのだ、たいした揺れではないし、外は落下物等あって危ないぞ、落ち着くまで外に出ない方が良い」と、静止しましたが、「ビルが崩れるかも知れないので、外の方が安全だ」と言うのです。
開発途上国とはいえ、スタッフは当地の優秀な大学を卒業したIT技術者。けれど、地震や津波等に関する防災教育等おそらく受けたことがなかったのでしょう。生まれて初めて地震に遭遇して、パニックになっている者もおりました。
そのビルは幸いにも事なきを得たのですが、現地ゼネコンが建造したマンションの壁の一部が落ちたり、床のタイルが剥がれたり、駐在員の住居に被害が出ました。そのとき初めて、耐震強度に関する建築基準が日本とは違うのだと実感を持つと同時に、この都市では、地震をリスクとして考えていなかったという事実を認識しました。
実際、この都市と東京・横浜の災害リスク指数を比較すると、ほぼ200倍も東京・横浜のほうが、リスクが大きいとの調査結果もあります(ミュンヘン再保険会社のアニュアルリポートより)。従ってリスクマネジメントの考え方からすれば、頻度が非常に少なく、被害が大きいリスクは、保険でカバーするのが合理的であり、建造物への耐震・免震補強や、災害訓練等が行われていなかったのも仕方がないことかもしれません。
一方、日本では、今回の「耐震強度偽装問題」が大きくケチをつけた形となったものの過去の震災等自然災害の経験を踏まえ、事業所ごとに被害軽減策を講じてきました。特に、阪神大震災以降は、政府の諸政策とも
連動して、諸外国と比べても先進的と評価されています。
しかしながら、どのような災害・事故に遭遇しても、重要業務を中断させないという事業継続への取り組みの面は、欧米企業に比べて遅れているといわざるを得ません。
日本では、BCP(事業継続計画)策定済みと答えた企業は22%、策定中を含めても44%にとどまっていますが、米国は95%との調査結果があります(2004年KPMGビジネスアシュアランス樺イべ)。災害による直接被害額よりも事業中断による顧客の他社流出、マーケットシェアの低下、企業評価の低下で間接的、派生的被害額が大きいこともよく知られているところです。
たとえば、製造業では、近年戦略的アライアンスや効率化のために取引先を集約化する傾向があるため、どこか一箇所が被災し機能が麻痺すると、そこがボトルネックになり、サプライチェーンが停止してしまう恐れがあります。さらに、かんばん方式等在庫を極力持たない生産方式が浸透している日本では、逆に、災害時の「しなやかな復元力」が弱いと言えるのではないでしょうか。
ここまでは、事業所の防災対策だけではなく、事業継続計画策定(BCP)の必要性について述べました。必要性についてはご理解いただいたと思いますが、いざ策定するとなるとカバーする範囲が広すぎたり、完璧なものを作ろうとしても前提条件が多すぎたりして、なかなか難しいのではないでしょうか。そもそも自社の事業継続に対するリスクを洗い出すことだけでもリスクアセスメントとかBIA(ビジネス影響度分析)等の分析手法が必要で、専門的な知識が必要となります。もちろん、このようなフレームワークの知識を有している社内のリスクマネージャーや外部コンサルタントを中心に進めることができる企業はまったく問題はないと思いますが、時間とコストがかかることは否めません。
実際は、内閣府が平成17年8月1日に発表した「事業継続ガイド第一版」(http://www.bousai.go.jp/MinkanToShijyou/guideline01.pdf)にも記載されていますが、事業継続計画を作る取っ掛かりとしてのポイントは、まず地震を想定し、できることから具体的に取り組むのが良いとされています。あまり、難しく考えないで、とにかくできることから始めましょうと。
いずれにせよ事業継続計画で抑えるべき重要なポイントは、被災後いかに迅速に事業を再開することができるかということです。再開が遅れれば遅れるほど派生的な被害は増大化します。したがって、『初動』が一番重要です。
次回より、企業として『初動』を早めるにはどのような点に留意が必要か取り上げたいと思います。まず最初に、従業員とその家族を含めた安否確認について取り上げる予定です。 |