2月19日午前4時5分ころ、「あたご」はハワイ沖での演習を終え、三宅島北東海域を横須賀港に向け航行し、「清徳丸」は千葉県勝浦を出港し三宅島南方を航行して漁場に向け航行中に衝突事故が発生した。コースを単純に海図に書いて両船の見合い関係を見ると横切り関係になり、自船の進行方向に対して、自船よりも右側に位置する「清徳丸」を「あたご」が避航する義務が生じてくる(海上衝突予防法:国際的な海上交通ルール)。
19日、当初「あたご」の見張り員は「緑灯」を視認したと証言していたが、「清徳丸」が大幅な針路変更をしないかぎりありえないことである。20日になって、「あたご」側は「赤灯」を視認したと修正している。また赤灯の視認は衝突の12分前であったこと、回避動作は衝突直前で行い、それまでは自動操舵で航行していたことが断片的に判明している。
捜査が進むにつれて新事実が明らかになるはずであるが、21日までに公表された段階での事故原因とリスクマネジメントについて考察する。
まず、この事件を4M(Man, Mind, Machinery, Management)に従って分析し、「あたご」側の事故要因を列挙する。
ここでは「あたご」の乗組員が航海術、見張りの能力、衝突予防措置の技能を備えていたか問われている。
(1)航海術に関しては、レーダ見張り員が、十分離れた位置から「清徳丸」をレーダ映像上で確認し、両船がもし著しく接近し、衝突するおそれがあるときには「清徳丸」の動静を監視したかが問題となる。
具体的な手順は、通常12海里レンジ(約22km)でレーダを走査し、自船と著しく接近する船舶を探知したらレーダプロッティングを行う。レーダプロッティングとは相手船のレーダ映像にカーソルを当てて、プロッティング用のボタンを押すだけである。ちょうどPC画面上でアイコンをクリックする動作と同じである。データは1分以内に画面上に表示され、相手船の針路、速力や何分後に何海里で自船に最接近するかのデータが判明する。著しく接近し、衝突のおそれがある船舶については、その後も引き続きレーダ及び肉眼でその船の動静を監視しなければならない。商船は周波数の異なる2基のレーダを装備し、周囲の状況に応じてレーダを使い分けている。
(2)見張りの能力については、乗組員が夜間に他船の航海灯を目視して、その航海灯の状態から、船の大きさ、操縦性能、どの方向に航行しているのかを識別できていたかが問題となる。特に、東京湾のように周囲に街明かりが多数散在するときには、航海灯の存在を見逃すことがあるので細心の注意を要する。
「あたご」見張り員は右前方に「赤灯」を衝突12分前に視認しているので、1隻の船が自船に接近していることを認識している。この情報は当直のトップである当直士官に報告しなければならない。航海灯には舷灯(右舷・左舷)、マスト灯、船尾灯などがあるが灯光の到達距離についての技術基準は国際条約で決められており、船の長さが12mから50mの船舶は、舷灯は3海里(約5.5km)、マスト灯は6海里(約11km)の光達距離がなければならない。上記の基準は最低基準であり、事故当日は、晴天かつ空気の澄んでいる冬場だったことから想定して5から6海里から既に「清徳丸」の舷灯は視認できる状態にあったのかもしれない。また「清徳丸」を含む数隻の漁船が集団で漁場に向け航行していたことからレーダ監視員を含め見張り員はさらに早い段階で認識していた可能性がある。
(3)衝突予防措置の技術については、例外規定もあるが、昼夜を問わず、お互いに衝突のおそれがある場合に、相手船を自船の右舷側に見る船は、相手船を避航し、相手船は針路速力を維持する国際ルールがある(国際海上衝突予防条約)。
夜間、自船の右前方にある相手船の灯火の色が「赤」であれば、自船は相手船を避航しなければならない。避航する方法は、相手船の進行方向、つまり前方を横断するのではなく、船尾側を迂回して避航しなければならない。そのためには、当然自船の進路を大きく右に変更しなければならないことになる。避航動作は大きな針路変更または速力の大幅な減速によっておこなうが、広い海域で、新たに他の船舶に接近することがない場合には、大幅な針路変更によって避航するのが一般的である。東京湾や狭い海域では針路変更と減速の両方を用いて避航することがある。
ここで注意しなければならないのは避航動作を採る場合には、十分余裕のある時機に大幅に行うことである。この動作によって針路速力保持船は避航義務船がルールに従って確実に避航動作を採っていると判断でき、注意しつつも自船の針路速力を維持できるわけである。
「あたご」は「清徳丸」を含む漁船群をレーダで発見した後、レーダプロッティングを行い、衝突のおそれがあると判断したら、十分余裕のある時期に大きな針路変更をして漁船群の船尾側を航行すべきであった。海難審判の判例では両船の距離が1.7海里(約3km)に接近したら避航動作を採るべきであるとしている。
(4)事故は午前4時5分に発生しているが、この時間が重要なポイントとなるであろう。船は24時間航行しているので、それを運航する乗組員の当直体制は、4時間ごとに1日を分割している。つまり、午前0時から午前4時、午前4時から午前8時、午前8時から正午、正午から午後4時、午後4時から午後8時、午後8時から零時に分割され、当直者は1日に2回8時間の当直をする。事故を起こした当直は午前4時から午前8時、午後4時から午後8時の当直をハワイ沖の演習終了後から継続していたはずである。
通常、次直者は、自分の当直の30分から25分前までには船橋(飛行機にたとえるとコクピット)に上がり、まず自分の目を夜間に慣らさなければならない。夜間当直では、急に船橋に上がっても周囲は真っ暗でレーダの反射映像、各種計器の薄明かりしか見えない。当然相手船の灯火もまったく見えない。約5から10分で目が夜間に慣れてきて、周囲の船舶の灯火がはっきり見えてくる。目が慣れたところで、当直の引継ぎが始まる。
当直の引継ぎ内容について、「あたご」は、当時、横須賀港寄港まで数時間を残すのみであり、入港に関する注意事項、もし東京湾入り口でパイロットを要請しているのであればパイロットの乗船準備についての注意事項、東京湾の航路での行き先信号の掲揚など、通常の引継ぎ事項以外の多くの引継ぎ項目があったと想定される。つまり、船舶交通の輻輳する海域として世界中に名が知れ渡っている東京湾を間近に控えて、当直者の引継ぎ事項が通常よりも時間を要したことが想像される。
これにより、本来見張りに集中すべき時間帯が削がれ、あるいは引継ぎを行いながらの見張りを行っていたとすれば、衝突12分前に「赤灯」を認識してから後の衝突回避までの過程がおろそかになっていた可能性がある。要するに空白の時間帯が午前3時40分頃から午前4時頃までに存在していた可能性がある。
当直を引き継ぐ前に、衝突のおそれを含む、船舶の安全に係わる事態が発生した場合には、当直の引継ぎは、衝突のおそれを十分回避したり、安全に係わる事態を回避してから行うのがSTCW条約(乗組員の訓練・証書・当直基準に関する条約)で規定されているし、また船員の慣行でもある。
「あたご」の午前0時から午前4時の当直者が漁船群の接近と衝突のおそれを認識していたのであれば、これらを安全に避航してから当直を引き継ぐべきであったろう。
当直者は集中して仕事をできる状況、環境であったかは、捜査が進展しないと不明である。レーダで他船の動静を監視している乗組員、外で双眼鏡を持って接近する船舶を監視している見張り員が、輻輳する東京湾での航行の事ばかりを考え、あるいは久しぶりに帰国することで乗組員の心に雑念が入り、当直に集中できない状態であったのか。なぜ刻々と接近し衝突のおそれがある「清徳丸」を見逃すような思考状態にあったのかも捜査で明らかにしてもらいたいところである。
事故に関連して重要な設備・装置はレーダ、操舵機、航海灯である。事故当時レーダ及び操舵機は正常に作動していたのか、自動操舵から手動に正常に切り替えられる状態であったのか検証する必要がある。レーダなどの航海計器、操舵機は出港前、および当直中適宜異常がないかチェックすることが条約上要求されている。また航海灯は、日没後に航海灯のスイッチを入れ、確実に点灯しているか毎当直に肉眼で確認することになっている。
レーダ映像については、海面の状況及び豪雨、濃霧などの気象の状況により、レーダ反射板を取り付けていない小船はレーダに映らないこともあるが、事故当時は平穏な海上模様でレーダに「清徳丸」が映像として映らないことはありえない。
また操舵機については、衝突直前まで自動操舵を使用し、途中で手動に切り替えたと乗組員が証言していることから特にMachinery自体に故障、欠陥があったとは思われない。
避航動作を採るときには自動操舵から手動操舵にレバー一つで切り替えられるが、「あたご」は衝突直前まで自動操舵を使用していたことから避航の意思が全くなかったものと批判されても仕方がない。
海難事故の原因として、船橋でのマネジメントが確実に実行されていたかが問題となる。つまり、見張り員が「赤灯」を発見しても、その情報が確実に当直を指揮する当直士官に伝わっていなければ、十分余裕のある時機に避航動作を採ることもできない。
当直中の船員に奨励されていることは、何か異常を発見したときのみならず、新たな事実を発見したら、自分自身で重要ではないと即断して当直士官への報告を差し控えるのではなく、すべてを当直士官に報告することである。
「あたご」見張り員が衝突12分前に「赤灯」を発見してから、どのような連絡系統で当直士官に情報が伝わったのか検証する必要がある。
最後に、「あたご」の事故は事前に避けることができなかったのかリスクマネジメントの観点から簡単に説明する。
事故の経緯と、自衛艦の特性からして、過去に海難事故まで至らないニアミスが確実に多数発生していたと思われる。その都度、士官(幹部)以外の乗組員からの報告が士官に伝達され、士官が中心となって原因調査を実施し、ニアミスから読み取れる事故予防対策が策定され実施されていなければ、ハインリッヒのビラミッドの頂点に位置する重大事故は回避できない。おそらく「あたご」はこのような体制を敷いていなかったものと思われ、もしそうであれば今回の事故は必然的に発生したものと考えられる。
提案として、海上自衛隊組織にリスクマネジメント委員会(RMC)を立ち上げ、防衛大臣みずから海難事故防止、安全重視の方針を文書化し、宣言することを勧める。
RMCは本省で毎月トップと各自衛艦の安全担当者が主体となって会議を開催し、ニアミスを含む海難事故が発生した場合には調査・分析した結果と防止、予防のための改善策を予算の裏づけと共に実施する必要がある。自衛艦には多数の乗組員が乗船していることから、またRMCを効果的に運用にするためにRMCのミニ版を各船艇に設置して乗組員のニアミス体験・改善策などを取り込み、本省のRMCに反映する必要がある。
なお「清徳丸」側にも衝突を避けるための最善の協力動作をする義務が国際ルールで生じる。判例上では「清徳丸」が衝突前に最善の協力動作を採った場合を除き、全ての過失が「あたご」側に負わされることはない。
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